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大阪家庭裁判所 昭和39年(家)888号 審判 1969年2月26日

申述人 中西順治(仮名) 外一名

主文

本件限定承認の申述を受理する。

理由

本件申述の要旨は、申述人らはいずれも被相続人の直系尊属(実父母)であり、その相続人であるが、被相続人は、昭和三八年一一月二〇日午前零時頃、同人が当時勤務していた○○市所在の○○建工社の自動車に、同会社社長岩井某夫妻を乗せ、兵庫県○○市○○○町○○番地先阪神国道を○○市方面に向けて運転進行中、自己の過失により同車を橋の欄干に激突させて即死し、その際、右岩井夫妻に対しても重傷を負わせた。申述人らは同日その知らせを受けて相続の開始のあつたことを知つたが、被相続人には格別の資産もないので、被相続人の資産の限度において、その債務を弁済すべく、限定承認の申述に及んだというのである。

本件記録によれば、被相続人の相続人は申述人らだけであること、そして、本件申述は被相続人死亡後三ヵ月以内になされていることをそれぞれ認め得るほか、申述書には所定の要件が具備されているが、ただ申述人らは今もつて財産目録を調整して提出せず、その申述書に「遺産不明」と付記しているに過ぎない。なお、調査の結果によれば、被相続人は死亡当時には、前記岩井夫婦に対する損害賠償債務を負担するほか、全く無一物であつたことが認められる。

そこで、申述人らにおいて、申述時、相続財産が不明な場合には、財産目録を調整せず、ただ、その旨を申述書に附記すれば足りるのか否かについて検討するに、民法第九二四条において、財産目録の提出を限定承認の要件としたのは、債務の引当となるべき財産の範囲を明確にして、相続人の固有財産との混同を防止し、後日の不正行為の予防を図り、よつて、相続債権者や受遺者の保護を期するためであるから、相続人は、相続財産の存する限り、積極財産はもとより、消極財産についても、細大もらさず、なるべく正確に記載するように努むべきである。しかしながら、本来限定承認は、相続財産が債務超過か否か不分明の場合に最も適当した手続であつて、利用価値が多い筈であり、社会生活、経済生活の複雑化に伴つて、相続財産も不分明な場合のあることが当然に予想され、かかる場合にまで、相続財産の内容を明白にしなければ限定承認をなし得ないと解することは、相続人の犠牲において、相続債権者や受遺者を不当に保護することとなりり、個人的財産思想を基調とする現行法の精神にも反する結果となるから、相続人の調査にも拘らず、積極財産、消極財産ともに不明の場合には、単にその旨を付記すれば足りるものと解する。そして、調査の結果によると本件の場合は、相続人が財産目録の調査を故意に怠つたものではなく、調査するもついに相続財産を発見するに至らなかつたためにかかる形式の申述がなされたことが認められる。

なお、序でながら、本件の如く、相続財産(積極財産。以下同じ)が存しない場合においても、限定承認をなし得るか否かについて付言するに、限定承認は相続によつて得た財産の限度において、被相続人の債務および遺贈を弁済すべきことを留保して相続を承認することであるから、相続財産が存しない場合には、限定承認をなし得ないのではないかとの疑問が生ずるであろうが、本来、限定承認は相続人の保護のために設けられた制度であり、相続人の責任を相続財産の範囲に限定し、相続人の固有財産にまで責任を負わしむべきでないとするものであるから、相続財産の存しない場合においても限定承認をなし得るものといわねばならない。もつとも、相続財産の存しない場合には結果だけからみれば、相続の放棄と何ら異るところはないから、かかる場合には、相続の放棄をすれば足り、限定承認をなすことは無意味ではないかとの反論もあるであろうが、相続の放棄と限定承認とは相続人の道義感情に与える作用が違うし、また、後日になつて思わざる相続財産が発見され、万一残余財産を生じた場合には、その帰属についても、相続の放棄より限定承認の方が相続人にとつて有利であるから、一応相続財産がないとみえても、限定承認を認める実益があるものというべきである。

そうだとすると、本件限定承認の申述はその要件に欠けるところはないものといわねばならず、また、本件申述が申述人らの真意に出たものであることは調査の結果によつて明らかであるから、本件申述はこれを受理すべきものとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 鍬守正一)

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